D3Pオトメ部

2025.11.30 Sun 12:00

【特別編】『DesperaDrops/デスペラドロップス』2周年記念 書き下ろしショートストーリー

タイトル画像「共鳴」

 
皆さんこんにちは。デスペラドロップスのディレクター森田です。
すっかりご無沙汰しておりますが、季節ごとの風物詩として参上いたしました。
さて、本日2025年11月30日はデスペラドロップスSwitch版が世に現れてから、二周年を迎える記念日となっております!
まぁ、黙っていても周年記念日は毎年やってくるものではありますが、おめでたいことに変わりはありません。いくつになっても誕生日はワクワクするのと同じです。
ということで、ささやかながらの感謝の気持ちを込めまして、昨年同様、特別編と称しましてショートストーリーを用意させていただきました!
なんだか最近、特別編ばかりで特別感はあまり感じないかもしれませんが、がんばって楽しんでくださいませ。
それでは、どうぞ!
 
※このショートストーリーは『真相ルート』クリア後の内容となっています。若干のネタバレが含まれますので、ぜひ『真相ルート』をプレイ後にお楽しみください。
※『真相ルート』への到達方法はこちら(攻略記事)
 

デスペラドロップス 二周年記念ショートストーリー

作:森田直樹 監修:吉村りりか
 

【共鳴】

 
「ストップ! 全然ダメだ……皆、もう一度最初からやり直しだ」
 どこか怒気を孕んだようなジブさんの声に全員の動きが止まる。
 全ての音が鳴りやみ、静寂が訪れたガレージはひりついた緊張感に満たされていた。
「えー、また? ちょっとパパさん、サリィ今のは絶対に間違ってなかったからね!」
「僕もタイミングは完璧だったと思いますが……どこか問題ありましたかね?」
 不満の声を上げるサリィに、珍しくカミュさんも追随する。
「問題だらけだ。まるでバラバラではないか。こんな調子ではとてもプロの仕事とは言えない。訓練とはいえ真面目にやってもらわないと困る」
 ジブさんの口調に、普段よりも苛立ちを感じるのはきっと気のせいではないだろう。
「真面目に……ね。このふざけた状況でずいぶんと無理難題を言ってくれるじゃないか?」
 相変わらずのハミエルさんの皮肉もいつもの精彩を欠いていた。
 皆、疲れているのだ。
「でもさ、ハミエルってば明らかに手を抜いてるよな? 後ろから見てると、すっげー気になるんだけど」
 ラミー君に指摘されたハミエルさんが振り返って大袈裟に肩を竦めてみせる。
「おいおい。この『訓練』ってのに付き合ってるだけでも俺としちゃ、随分と譲歩してるつもりなんだぜ」
「チッ。やる気のねぇ奴がいるとこっちのテンションも下がる。文句言ってねぇでしっかり手を動かせ」
 そんなハミエルさんをアッシュさんが睨みつけた。
 早くも一触即発の空気となっていた。
「なんだ、随分と優等生なことを言ってくれるじゃないか。こういう馬鹿げたことは真っ先にアッシュが反対すると思ってたんだがな」
「……仕事なんだから仕方ねぇだろ」
「仕事ねぇ……」
 そう呟きながらハミエルさんがガレージをぐるりと見渡す。
 その表情には「これのどこが仕事なんだ?」という皮肉めいた苦笑が浮かんでいた。
 確かにその気持ちは少し分かる。
 何故なら、いま私たちが何をしているのかと言うと――
「だが、オレ達がバンドだなんて、そもそも無理だってのには同意だ」
 アッシュさんが不服そうに吐き捨てて、肩から下げていたベースギターを下ろす。
 そう。私たち7人は今、絶賛バンド演奏の練習中なのだった。
「アッシュ、今更そう言うな。これも任務なのだから仕方あるまい」
 そうたしなめるジブさんの声にも幾分かの疲れが感じられる。けど、それも無理のないことだった。
 元特殊部隊の狙撃手。詐欺師。スリの達人。天才的なハッカー……。
 犯罪者としては良くも悪くも一流の彼らだが、バンド活動――楽器演奏に関しては素人同然なのだから。
 そんなメンバーが集まってバンド演奏というのはいささか――いや、かなり無理を感じる行為なのは確かだった。
 実際、この中でまともな楽器演奏の経験があるのはカミュさんくらいしかいなかったのだし。そんな彼もクラシックが専門だったという。
「でも、サリィはちょっと楽しいかなー。なんかみんなで一つの目標に向かって頑張るのって新鮮だしね!」
 ステッカーをベタベタと貼ってデコレーションされたキーボードの向こうから、サリィが顔を覗かせて楽しそうに言う。
「ああ、分かります! 仲間でバンドを結成して文化祭で演奏! これはもう学園物のお約束ですからね!」
 サリィやカミュさんは意外とこのバンド活動に前向きだった。
「いや、なんだよその文化祭ってのは?」
 ハミエルさんの突っ込みにカミュさんは目を輝かせてしまう。
「よくぞ聞いてくれました! 文化祭というのは、学園生活における青春の1ページを彩る必要不可欠なビッグイベントなのです! 1クールのラストが文化祭イベントというのが良くあるテンプレではありますが、僕としてはそのお約束も悪くないと思うんですよね。そもそも――」
「いや、なに言ってるか分からねぇから」
 興奮で早口でまくしたてるカミュさんを、アッシュさんが一蹴してしまう。
 でも、何を言っているかよく分からないのには私も同意だった。
「けど、青春かどうかは置いておいて、やる事なくてヒマなのよりはよくね? このドラムを叩くっていうの、思ったより気持ちいいしさー」
 ラミー君が手にしたスティックを器用に操って、豪快なドラムロールを決める。つい最近になってドラムを触ったとは思えない腕前だった。彼の器用さには本当に驚かされる。
「そうそう。こんな事でもなかったら、絶対にバンドなんてやらなかったよねー」
 サリィも鍵盤をジャカジャカと掻き鳴らしてみせた。適当にやっている様に見えて、ちゃんとした音楽になっているのが不思議だった。明らかに、手の動きと音が合っていない気がするのに……どうなっているのだろう?
「そうなんです! 前にローマの地下に閉じ込められた時にみんなでバンドを組んだらって話したじゃないですか。まさかの伏線回収となりましたね! この日の為に、バイオリンの腕を磨いていたかいがありました!」
 カミュさんがバイオリンの弦を振り回して楽しそうにしている。
 そんなカミュさんをジブさんは見据えて、
「確かにカミュのバイオリンの演奏は凄い。それは認めよう。……だが、自分の世界に入りすぎだ。あれでは他のパートがまったく聞こえない。あくまでバンドなのだから、ソロ以外では引き立て役に徹して欲しいのだが」
「あ、それ確かに言えるかも。イントロからギターより目立つバイオリンって、さすがにどうかと思うよなー」
 ラミー君が手にしたドラムスティックを器用にクルクルと回しながら言う。
「いやぁ、バイオリンはそれなりに自信があったのですが、人と合わせるというのは案外難しいものですね。今までは独奏しか経験がありませんでしたから。それにこのバイオリンにもまだ慣れていませんでして……」
 カミュさんが手にしているのは、透明なアクリル製の見慣れない形をしたバイオリンだった。エレクトリックバイオリンという、ギターにおけるエレキギターのような楽器で、普通のバイオリンよりも激しい音がスピーカーから発せられるのだった。
 その音色は中々に過激で、ギターにも引けを取らないどころか、なまじ演奏技術がある分、一番目立っているくらいである。
「――それから、ラミーのドラムはアドリブが多すぎる」
 ジブさんが今度はラミー君に向き直って続ける。
「そもそも楽譜通りの部分がほとんど無いから、正直、今どの部分を演奏しているのかまるで分からなくなる。あと、テンポが気分で変わりすぎるのも困るのだが」
「いや、ずっと同じテンポで続けるのって、正直、退屈なんだよねー。っていうか無理だし」
「うわぁ。それって、一番、ドラムに向いてないんじゃないの、ラミーくん」
「あと、ずっと座ってるっていうのも性に合わないしねー」
 それはそもそも、ドラムに限らず楽器演奏に向いていない気もするけど……。
「やれやれ、こいつはもう完全な人選ミスだな」
 ハミエルさんが肩を竦める。
「だが、一番器用なのはラミーなのだから仕方あるまい」
 ジブさんの言う通り、右手左手だけでなく両足まで別々に動かす必要のあるドラムという楽器にラミー君はうってつけだった。初めて触るというドラムセットを前にしても、気後れすることなく、曲芸でもするように器用に叩いてみせたのには正直、驚かされた。ただ、あまりに自由過ぎるのは確かに問題でもあった。
「何にせよ、ラミーのドラムと、アッシュのベースはバンドの要なのだから、その二人の息が合わない事には曲にならない」
 ジブさんがラミー君とアッシュさんを順に見据える。
「いや、オレはちゃんとやってる。F、G、E、A……この4つは完璧にマスターした」
 楽器の演奏なんてまるで未経験のアッシュさんは、とりあえず4種類の音を順番に出すことに専念しているらしい。彼の手にしているベースギターを見ると、フレットの各所にFとかGとか書かれたテープが貼ってある。
 真面目な性格が幸いしてか、文句を言いながらも真剣にこのバンド活動に取り組んでいるようだった。
「確かに音は完璧かもしれないが、ドラムのリズムとまるで合っていない。もっとドラムに合わせてだな……」
「他人に合わせるのは得意じゃねぇんだよ」
 これもまたバンド演奏に向かない人の発言をするアッシュさん。
「もしかして、早くも音楽性の違いで解散の危機ですかね……もちろんそれもバンド物のお約束ではありますが!」
 こんな状況だというのに瞳を輝かせているカミュさん。
 どうやら彼はこの非日常なバンド活動がいたくお気に入りの様だ。
「だーかーらー、サリィが音源をポチっと再生するから、皆は演奏しているフリってのが一番現実的だって言ったじゃん」
「エアバンドってやつですね。でも、あれはあれで、別の技術が必要だと聞きますが……」
「それは最後の手段だ。本番では何が起きるか分からないからな、臨機応変に対応できる生演奏の方がリスクは低いだろう」
「いや、俺たち素人が演奏する以上のリスクは無いんじゃないのか?」
 ハミエルさんのいう事は実にもっともだった。
 最近、楽器を始めたメンバーばかりのこのバンドで一曲を演奏するという完成形が今はとても見えない状況なのだから。
 ただ、問題は楽器の演奏だけではない事も分かっている……。
「そして一番の問題は……君だ」
 そう言ってジブさんが目線を向けたのは私の方だった。
「…………」
 ジブさんに見据えられ、いたたまれない気持ちになる。
「どうしてイントロが終わっても歌い始めない?」
 それを言われると言葉もない。何の因果か、このバンドのボーカルは他でもない私なのだった。
「え、えーっと……その、何というか……恥ずかしくて……」
「恥ずかしい……?」
 ジブさんが眉をしかめる。
「うわぁ、お姉ちゃん、まだそんなこと言ってるの? だったらやっぱりサリィがボーカルを変わってあげるよ!」
「サリィではダメだ。そもそも、今回の任務は彼女がボーカルを担当することが前提で考えられている。他のパートはともかく、ボーカルを変更することだけはできない」
「……ですよね」
 そう。それは分かっているのだ。
「しかし意外ですね? ニッポン人の……特に学生は日常的にカラオケで歌うと聞いたのですが、それは違うのですか?」
 カミュさんがまたどこかのアニメかコミックから仕入れた様な日本観を披露する。
「それは……人によると思います」
 もちろん私だって日本にいた頃にはカラオケへ行ったこともある。特段、歌が得意だという自負もないけれど、壊滅的に音痴だとも思っていない。
 でも、それは友達同士で楽しむレベルでの話に過ぎないのだ。
 バンドでのボーカル――しかも実際にはステージで歌うとなれば話は別だ。
「人前で歌うだなんて、そんな経験、今までありませんでしたし……」
「それを言うなら、こっちだって馴れないギターなんてものをやらされてるんだ。お互い様だろ? あのアッシュですら真面目にやってるんだぜ?」
「F、G、E、A……この4つは完璧だ」
 アッシュさんはといえば、さっきから運指の練習に余念がない。本当に真剣だ。
 確かにそんな頑張りを見せられたら、恥ずかしいと言っていること自体が恥ずかしいのは分かる。
 でも――ボーカルなんて大役、自分に務まるとはとても思えないのだ。
「お姉ちゃんってば、いざって時はサリィたちが引くくらい大胆なのにねー。やっぱりニッポン人だから遠慮屋さんなのかな? せっかくの大役、もったいないよ!」
「ホントだよ。ローマの地下とか、クルーズ船の時とか、こっちがハラハラするくらいだったのにさ。それに比べたら今回なんてカラオケみたいなもんじゃん? もっと気楽に考えたら?」
 サリィやラミー君がそう言ってくれるがなかなか気楽になれないのは事実だった。
「F、G、E、Aはオレに任せろ。お前はお前のできることをやればいい」
 ついには、アッシュさんにまで気遣われてしまった……。
「やれやれ……。とにかく一旦休憩だ。朝からぶっ続けでやってるんだ。俺は少し休ませてもらうぜ」
 ハミエルさんがギターを壁に立てかけると、ポケットから取り出した煙草を咥えながらガレージの外へと出て行ってしまう。
「そうだな……確かに無理に根を詰めても逆効果だろう。いったん休憩にしよう。だが、今回の作戦の鍵となるのは君のボーカルだ。気持ちの整理と覚悟だけはしっかりと付けておいてもらいたい」
「……はい」
 ジブさんに言われ、私はそう答えるしか出来なかった。
 ……はぁ。こんな事でみんなの足を引っ張る訳にはいかない。
 それでも、どうしてこんな事になってしまったのかと思わずにはいられない。
 こんな事になってしまった訳……その話は一週間ほど前に遡るのだった――
 
*   *   *   *   *
 
 11月も半ばを過ぎたある日の昼下がり。
 食後のお茶を飲みながらのんびりとした時間を過ごしていた私たちの元に、何の前触れもなくカルロスさんが現れた。
「おやおや。いい若者が揃いも揃って昼間っからダラダラとして、健全じゃないねぇ」
 リビングに入ってくるなりそんなことを言ってくるカルロスさん。
「だって、勝手に隠れ家から出るなって言ったのはカルロっちじゃん!」
「そりゃ、またパリくんだりまで遊びに行かれちゃ敵わないからねぇ」
 いつぞやの行動を非難されてしまうとこちらとしても分が悪かった。
「っていうか、今日は何の用なわけ? また厄介ごとでも持ってきたの?」
 ラミー君が警戒するようにカルロスさんに尋ねる。
「おっと。そう邪けんにしないでくれよ。今日は普通にお仕事の話をしに来たんだからさ」
「仕事? つまり新しい任務ということか?」
 ジブさんが表情を硬くしてカルロスさんを見据える。
「ちょっと! 任務って……サリィ、前回のこと忘れてないんだからね!」
「はっはっは。いや、あの時は悪かったね。まさかあそこの警備員があんなにも仕事熱心だとは思ってなかったからさ」
「笑い事じゃないから! サリィびしょ濡れで、ロリロリポップ21号も壊れちゃったんだからね!」
 実は一週間ほど前、カルロスさんからの指令で、とある屋敷への潜入を行った際に、サリィが運悪く警備員に見つかってしまい、庭の放水用のホースで反撃されてしまうというアクシデントがあったのだ。おかげでサリィは全身びしょ濡れとなり、その時に持っていたノートパソコンも壊れてしまったのである。
 その時のノートパソコンの名前がロリロリポップ21号だというのは初耳だったけれど。
「だからお詫びにホテルのスイートを用意してやったじゃないか。アレ、実は俺のポケットマネーだったんだけどねぇ。後でルームサービスの代金を見て腰を抜かしそうになったよ」
「そんなのとーぜんだよ」
 カルロスさんが腰を抜かすくらいって、いったいサリィはどれほどのルームサービスを頼んだのだろう? おそらく主にスイーツ系だと思うけれど、ちょっと怖くて詳細は聞けないかもしれない。
「ずぶ濡れのサリィをピックアップした時に、サイドカーのシートも水浸しになったんだが……」
「いや、それは普通に洗車でもしてくれよ」
「チッ……シートが痛むじゃねぇかよ」
 不満そうなアッシュさんをそのままにして、カルロスさんが話を続ける。
「何はともあれ、そろそろお試し期間も終わりにして、本格的に働いてもらおうってことさ。――7ドロップスの諸君にね」
 そう言ってにやりと笑うカルロスさんを、ハミエルさんが忌々しそうに睨め付ける。
「はん、相変わらず人使いが荒いことだ」
「勘違いしてもらっちゃ困るな。俺は別に慈善事業で君たち逃亡犯をここに匿ってるわけじゃないんだぜ。死ぬまで俺にこき使われるって約束だろ?」
「世間一般じゃ、ああいうのは約束とは言わないんだぜ?」
「そうそう。普通に脅迫だったよなー、あれ」
「あれ、そうだったっけなぁ」
 仲間たちの辛辣な対応を、カルロスさんは慣れっこと言った感じで軽く受け流してしまう。
 これ以上は埒が明かないと判断したのか、ジブさんが話を進めてくれた。
「それで、その仕事というのは何なんだ?」
「なに、そんなに難しい話じゃないんだ。君たち7人に、ある場所に潜入してもらって、とある人物に接触してもらいたいのさ」
「ある人物に接触……ですか? それはいったいどんな人なんですか?」
「それが誰かは問題じゃないし、君たちは知る必要もない。問題なのはそこがどこか、なんだが……」
 カルロスさんがスマートフォンの画面をこちらに示す。そこに表示されていたのは、落ち着いた雰囲気で高級感のあるラウンジのような空間を紹介するサイトだった。広いフロアにはゆとりのある配置でテーブル席が設けられており、奥の方には一段高いステージがあるらしい。見ようによっては高級なナイトバーのようにも見える施設だった。
「サローネ・ディ・ムジカ・ビアンカ……ローマにある音楽サロンですか?」
「お偉いさん御用達、会員制の秘密のサロンさ」
「秘密のサロン……何やら陰謀の匂いがしますね」
「こいつが持ってくる話だ。まともな場所じゃないに決まってる」
 アッシュさんが決めつけるように言う。
「それでだ。来月の25日の夜、そのサロンに客としてやってくる人物にこいつを渡してもらいたい」
 カルロスさんが取り出したのは一輪の白い百合の花だった。
 おそらく造花――アーティフィシャルフラワーだろう。本物と見紛う精巧な作りだった。
「なにそれ? もしかして爆弾とか?」
「え!?」
 ラミー君の無邪気な発言に思わず手の中の百合を落としそうになる。
「いやいや、そんな物騒な物じゃないさ。まぁ、最低限の発信機やマイクは仕込んであるけどね。今回ターゲットとなる人物も別に君たちの敵って訳じゃない。あくまで我々の監視対象だよ」
「いや、発信機やマイクだけでも十分に物騒じゃないか」
 ハミエルさんはカルロスさんの話をまるで信用していないように呟く。
「だが、その花を渡すだけ……そんなに大変なミッションとは思えないが?」
 ジブさんの言う通り、そこまで大変な仕事とは思えなかった。
 それこそ、わざわざ私たちに話を持ってこなくても、カルロスさんでも対応できそうな内容だ。
「いや、問題はそのターゲットが常に4人以上の護衛で周囲をガードされていて、うかつに接触することができないということだ。サロンの給仕も料理人もその日だけは特別に用意された人間が担当し、部外者はいっさいサロンに立ち入ることが出来ない」
「何それ。どこかの王様とか? っていうか、それってそもそも近づくの無理じゃね?」
「ああ、普通に考えたら接触は不可能だ。だが、一人だけ例外がいる」
「例外……ですか?」
「そうだ。その日、サロンのステージに立つバンドのボーカルだけは、ステージから客席に降りてその人物まで接近が可能だ。ショーの一環としてね」
 なるほど。ディナーショーなどの映像でそんな光景を見たことがある。ステージ上のアーティストが、曲の間奏部分で客席を歩きながら、来客と握手をしたり、記念品を渡したりするような演出だ。
 料理人や給仕の人は代役を用意できても、アーティストまでは代役がきかない、ということなのだろう。
「なるほど……なんとなく状況は分かりました。つまり私たちはそのボーカルの人をサポートするということですね?」
 私が納得して尋ねると、カルロスさんは不思議そうにこちらを見ている。
「なに言ってるんだい。そのボーカルってのが嬢ちゃん、君のことだよ」
「え、ええ!?」
 私の驚きの声がリビングに響き渡る。
「わ、私がボーカルって、どういうことなんですか?」
「どうもこうもないさ。ターゲットに接近するなんて役目を、本物のアーティストにやらせるわけにはいかないだろ? それに君が歌う歌は日本語の歌詞だからね、他の連中には荷が重い」
「日本語の歌……ですか?」
 カルロスさんがスマートフォンを操作して音楽を再生する。
 どこかクラシカルな印象を感じさせるバンドの演奏に合わせて女性ボーカルが日本語のメロディを響かせている。
 聞いたことのない曲だったが、かなり激しめで、随分と格好いい雰囲気の曲調だった。
「あの……これはちょっと無理じゃないでしょうか?」
 私としては率直な感想を述べるしかないが、カルロスさんはニヤニヤと笑うばかりで取り合ってくれない。
「なにこの曲、恰好いいじゃん。これを姉ちゃんが歌うとか面白いんだけど!」
 ラミー君が他人事だと思って楽しそうに口笛を鳴らす。
 私としてはこの提案を受け入れたつもりはなかったのだけど……。
「分かりました。ボーカルは彼女だとして、僕たちはどこかに隠れて彼女のサポートをするということですね?」
 カミュさんは私がボーカルをするのを前提で話を進めてしまう。
「なに言ってるんだい。もちろんそのバンドってのが君たちのことに決まっているだろ。――どうだい? 面白そうなミッションだろ?」
「!!」
 今度はみんなの驚きの声がハーモニーとなったのだった。
 
*   *   *   *   *
 
 それから一方的な説明をすると、カルロスさんはバンド機材一式とステージで演奏する楽曲の音源や楽譜を残して隠れ家を去って行った。
 来る時も突然だったが、去る時も突然である。
 残された私たちはといえば、ガレージに積み上げられた楽器の山を前にしばし途方に暮れることになったのであった……。
 大きなドラムセットに、ギターやベースギターが入っていると思われるケースや、キーボード、バイオリンやサックスといった、そもそもどうやって演奏したら良いのか分からないような楽器まで各種取り揃えられていた。
 カルロスさんに雇われている身の私たちとしては、この任務を拒否するという選択肢は無かった。とはいえ、一ヶ月ほどの短期間で、ステージ上で通用するレベルにまでに演奏を仕上げなければならないというのが無理難題なのには変わりない。
 ――こうして私たちは慣れない楽器を手に取り、練習に勤しむ日々を過ごすことになったのである。
 
 最初に楽器の分担を決め、最初の一週間は各自、自分の楽器の練習をすることに決まった。
 手先の器用なラミー君がドラム。
 かつて詐欺師としてギタリストの真似をしたというハミエルさんがギター。
 楽器の演奏に自信がないというアッシュさんは、弦が少ないという理由でベースギターを選択。
 唯一の楽器演奏のあるカミュさんは幼い頃からレッスンを受けていたというバイオリン。
 電子機器に強いという理由で、サリィがキーボードを担当することになり……。
「――それで、私がサックスなのか……?」
 最後に残った金色に輝くサックスを手にジブさんが困惑していた。
「っていうか、ジブ似合いすぎだから」
「でも、パパさんサックスなんて吹けるの?」
「いや、初めて触った……警官時代に警察音楽隊が人手不足でトランペットをやらされたことはあるが……正直、なにも覚えていない」
「とりあえず吹いてみろよ、旦那。意外と雰囲気でなんとかいけるかもしれないぜ」
「あ、ああ……そうだな」
 ハミエルさんに促されてジブさんがサックスを構えると、確かに驚く程に似合っていた。
「さすがはジブ氏、これはいけそうですね」
 見た感じは一流のサックス奏者という貫禄を醸し出しており、否が応でも期待が高まる。
 ジブさんは真剣な顔で一呼吸の間をおくと、口を膨らまして大きく息を吐き出す。
 だが、気合いに反して、ぷひゅーっと、気の抜けた音が漏れただけだった。
「ぷ、ぷひゅーって……期待させておいて、ぷひゅーかよ、くっくっく、腹いてぇ」
 アッシュさんがお腹を押さえながらその場にうずくまってしまった。思いのほかツボだったらしい。
「まぁ、そんな甘くないよな」
 ハミエルさんが揶揄するようにギターの弦をかき鳴らす。適当に鳴らしているように見えて、しっかりそれっぽく聞こえるのは流石だった。
「いや、まぁ、サックスは音を出すまでが大変な楽器ですからね。でもジブ氏なら肺活量も高そうですし、きっとなんとかなりますよ!」
「あとでサリィが、初心者向けの練習動画のアドレス送ってあげるよー」
「あ、ああ……よろしく頼む」
 ジブさんが殊勝な面持ちで頷く。
 こうして私たちのバンド活動という任務が開始したのだけれど、はたしてわずか一ヶ月でステージに立つことができるのだろうか……。
 前途は多難に思われたのであった――
 
(つづく)
 
……はい。ということでまさかの『つづく』エンドです。
これには自分でもビックリしました。話、普通に終わりませんでした!
この計画性の無さが森田クオリティです。
そもそも、周年記念日の書下ろしストーリーが続くなんて、記念日の意味を揺るがしかねない大問題です。
ということで、この続きはお話の流れに合わせて、12月25日にお届けすることになります。クリスマスプレゼントの押し売り予告となりますが、しばしお待ちくださいませ。
いったいどんな結末を迎えるのか、僕自身もよく分かってないのでドキドキなのですが、ここでちゃんと予告しておかないと、ずるずると三周年にもつれ込んでしまいそうですからね。しっかりと告知しておきます!
ということで、次回はクリスマスにお会いしましょう。
 
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