D3Pオトメ部
2022.05.27 Fri 15:48
デジタルアーカイブ発売のお知らせ&小説試し読み掲載
アニメイトゲームス様より『幕末恋華・花柳剣士伝』『mobile VitaminZ』のデジタルアーカイブが発売されます!
ゲームで使用されたスチルが閲覧できるデジタルコンテンツです。
『幕末恋華・花柳剣士伝』には「こちらD3Pオトメ部」で配信した小説やイラストの一部が、『mobile VitaminZ』にはPS2版『VitaminZ』のBGMの一部が収録されますよ!
DLカードや限定グッズのセットも!こちらは「2022/5/29(日)」までの受注生産限定商品です。
詳細は以下のリンクよりご確認下さい。
■幕末恋華・花柳剣士伝
https://www.animategames.jp/home/detail/40450
■mobile VitaminZ
https://www.animategames.jp/home/detail/40449
本商品の発売を記念して、『幕末恋華・花柳剣士伝』デジタルアーカイブに収録される小説『のこしゆくもの』の一部を試し読み用に特別公開!
幕末恋華シリーズの花柳剣士伝&新選組キャラがそれぞれ多数登場する豪華な内容です。
片方の作品しか知らないという方も、この機会にぜひ読んでみてくださいね。
小説『のこしゆくもの』
文:寺山宗宏(VRIDGE) 絵:toko
■第一章
元治二年の二月、新選組副長土方歳三が新選組の行軍録に永倉の名を書き忘れていたことが、発覚してから数日後。
その日は新選組総長である山南敬助が塾長を務める山南塾の開講日だった。
「それじゃあ今日の講義はここまで。みんな気を付けて帰るんだよ」
「はいっ!」
山南の言葉に幼い塾生たちが元気よく返事する。
そこへふらりと現れたのは、新選組局長の近藤勇だった。
「ん~、いい返事だねぇ」
「ああ、近藤さんか。今日は芝居小屋に行くと聞いていたけど、どうだったんだい?」
「ああ、もう最高に感動したよ。山南さんも観に行くべきだね」
「へえ、それじゃあ私も観に行ってみようかな」
山南のそんな言葉に、その場に残っていた子供らが反応する。
「先生、お芝居ってそんなに面白いの!?」
「僕もお芝居見てみたい!」
「そうだな……きみたちにとってもよい経験になるだろうから、近い内に私がみんなを芝居に連れていってあげよう」
山南の提案を聞いて一度は喜んだ子供たちだったが、みんなすぐに表情を曇らせてしまう。
「お金のことなら心配はいらない。私にもその程度の蓄えはある」
山南がそう言っても、子供たちの表情は曇ったままだった。
小六という生徒がみんなの気持ちを代弁して山南に伝える。
「先生にそこまで迷惑をかけられないよ……」
「小六……」
小六の言葉は、山南塾のために山南が多くの私財を投じていることを知っているからこそのものだった。
「できた子供たちじゃねぇか」
近藤が山南に微笑む。
「ああ、だからこそ私は、この子たちのためにできる限りのことを……」
「あっ、そうだっ!」
「ど、どうしたんだい、小六?」
「芝居小屋なんかに行かなくても、先生が俺たちに芝居を見せてくれればいいんだよ!」
「わ、私がきみたちに?」
「そう! 演目は何だっていいからさ。ねっ!」
「しかし、私は芝居をしたことなど……」
「ははは、こいつぁいいや。山南さん、俺も期待してるぜ」
「まいったなぁ……」
子供たちを見送り、近藤が去った後も山南は一人道場に残って思案していた。
そんな山南を心配し、声をかけたのは桜庭鈴花だった。
「あ、あの……」
「ああ、桜庭君か。どうしたんだい?」
「話は近藤さんから聞きました。だから……気になって」
「そうか……」
「どうするつもりなんですか?」
「子供たちの願いであれば叶えてやりたいさ。だが芝居となれば役者として私に協力してくれる者が必要となる」
「そうですね……」
「でも、今の私に協力してくれるような物好きがどれだけいるか……」
そう言って山南は自嘲気味に微笑んだ。
「まさか一人芝居というわけにもいかないだろうからね」
新選組総長という立場にはあるものの、その実態は何ら特別な権限もない名誉職に過ぎない。
新選組が大いに名を上げた池田屋事件では病に伏せて参加せず、思想的なすれ違いから今や主流派から外れた自分に誰が協力してくれるというのか。
山南がそんな思いに駆られているであろうことは鈴花には容易に想像できた。
「山南さん……」
だからこそ鈴花は山南の力になりたいと思うのだった。
次の日、どうにかして山南に協力したい鈴花は、古参幹部の中でもとりわけ山南と親しく、子供好きでもある沖田総司を頼ることにした。
「沖田さん!」
「えっ?」
今にも屯所を出ようとしていた沖田が立ち止まって振り返る。
「何ですか、桜庭さん」
「あの、ちょっといいですか?」
「少しの間だけなら構いませんが……長くなりそうな話なら、またにしてもらえませんか」
「えっ? もしかして、これからお仕事ですか?」
「ええ、詳しくは話せませんが、これから大石さんと二人で向かわなければならないところがあるんです」
「そうですか……」
「すみません。また機会があれば声をかけてください」
「は、はい」
「残念だったねぇ。沖田さんと逢引の約束でもしようとしたのかい?」
「…………!」
いつの間にか背後に迫っていた大石鍬次郎の声に驚き、鈴花は身構えた。
「へぇ、なかなか様になっている構えだね」
「か、からかわないでください!」
「大石さん……桜庭さんに失礼はやめてください」
「失礼とは心外だなぁ。本気で褒めたつもりなのにさ」
沖田の注意など意に介さず、大石は不敵な笑みを浮かべ続ける。
「それじゃあ、僕たちはこれで」
「ええ、お気をつけて」
屯所を出て行く沖田と大石を見送り終えると、鈴花はため息をついた。
「他に相談できそうな人は……」
辺りを見回した鈴花は、近くにいた島田魁に声をかけた。
「島田さん、永倉さんと原田さんがどこにいるか知ってます?」
「ん、新八くんに原田さんかい? あの二人なら昨夜島原へ飲みに出たっきり、屯所へは顔を出してないよ」
「また島原ですか?」
「ああ、おおかたいつもの店で飲みつぶれてるんじゃないかな」
「ありがとう、島田さん」
島田に礼を言うと、鈴花は屯所を出て島原へと向かった。
屯所を出て少し歩いたところで、鈴花は見覚えのある二人が前から歩いてくることに気付いて足を止める。
「永倉さんっ! 原田さんっ!」
「うぉっ!? つつ……何だ桜庭かよ。頼むから大声出さねぇでくれ」
「永倉さん、また二日酔いですか?」
「うぅぅ~……頭がいてぇ……」
「原田さんも……。ホント懲りずによくやりますよね」
「ほっとけ。本来なら俺も左之も今日は夕方まで寝て過ごすはずだったってのによぉ…」
「ああ……こんな時に限って急な呼び出しがかかりやがる」
「呼び出し?」
「ああ、詳細はわからねぇが朝イチで土方さんからの緊急招集だ」
永倉が愚痴っぽく鈴花の問いかけに答えた。
「でもまぁ……無視するわけにもいかねーしな。行こうぜ、左之……」
「ああ……」
そのまま二人はのそのそと屯所へ向かって去っていった。
せっかく沖田の代わりに相談できそうな人物を見つけたと喜んだ鈴花だったが、結局それはぬか喜びでしかなかった。
「はぁ……どうしようかな」
沖田にしても永倉や原田にしても、鈴花が声をかけられそうな面々はみな新選組内でそれなりの地位があり、それ相応の重責を背負っている者ばかり。
いくら山南のためとは言え、気軽に声をかけていいものかと鈴花は感じ始めていた。
「鈴花さん……ですよね?」
島原にほど近い道端、暗い顔でたたずんでいる鈴花の前で一人の少女が立ち止まる。
彼女の名前は志月倫。
島原にある剣術道場花柳館の門弟で、鈴花とは富山弥兵衛が新選組へ入隊した際に知り合った間柄だ。
「鈴花さん? あの……鈴花さん?」
「えっ? あ、ああ、倫さんじゃない! どうかしたの?」
「いえ、わたしは特に何もないですけど……」
自分が言いたかった台詞を鈴花に取られた倫が苦笑する。
「ねえ、鈴花さん。この近くに最近評判のお店があるのですけど、今から行ってみませんか?」
「え、ええ?」
鈴花に元気がないことを見て取った倫は、何とか鈴花を元気付けたいと思い、鈴花を最近評判の茶屋へと誘ったのだった。
その頃、新選組の道場前には山南の姿があった。
山南は山南で、どうすれば子供たちを納得させることができるものかと、昨日からずっと思案し続けているらしい。
「ふぅ……」
「どうしたがじゃ、山南さん。ため息なんぞついちゅうが」
「ああ、才谷さんか。お目当てはまた桜庭君かい?」
「はっはっは、他にどがぁな理由でこがぁなとこへ来るっちゅうがかえ」
才谷梅太郎は一目惚れしたという鈴花に会いたいがためだけに、普通なら避けて当然である新選組の屯所へやってくる土佐訛りの一風変わった男だ。
「でも残念だったね。彼女なら今ここにはいないよ」
「どこぞへ出かけちゅうがか?」
「ああ、そのようだね。行き先は知らないけれど」
「かぁ~っ、せっかく訪ねてきたっちゅうに留守とはのぉ」
大仰に落胆の表情をしてみせた才谷だったが、山南の隣にどっかと座り込み帰る素振りもない。
「桜庭くんの帰りを待つつもりかい?」
「いや、そういうわけやないがじゃ」
だったら何故という顔の山南に、才谷が静かに微笑みながら語りかける。
「山南さん。おんし、何ぞ困っちゅうことがあるがじゃろ」
「いや、別にそんなことは……」
「隠さんでもえいがじゃ。おんしの顔を見りゃわかるきに」
「…………」
才谷に嘘が通じないことを悟ると、山南は昨日あったことを才谷に打ち明けた。
「ほう、そないなことがあったがかえ」
「子供たちを喜ばせてやりたいのはやまやまだけど……」
「山南さん、おんし……」
「何だい?」
「今のおんしに、わざわざ協力してくれる者などおらん……そないな風に考えてしもうちょるがやないかえ?」
「仕方がないじゃないか……。今の私にはもう……」
「わかっちょらんのぉ」
「えっ……?」
「何も見返りなんぞ必要ないがじゃ。おんしはただ望めばえいがぜよ」
「でも、それだけでは……」
「はっはっは、心配いらん。現にほれ、わしっちゅう心強い協力者ができちゅうがじゃ」
「才谷さん……」
そんな二人のやり取りを物陰で聞いていた近藤は、今にも感動で泣き出しそうになっていた。
「困った時にこそ自ずと人が集まる……さすがは山南さんだぜ」
そうつぶやいた直後、近藤の背後に一人の男が現れた。
「そう言う勇ちゃんも、その中の一人でしょ?」
男の名は山崎烝。
新選組の監察方であり、普段の出で立ちは女性にしか見えない局内でも際立った個性を持つ諜報に長けた隊士だ。
「さぁ、どうだろうねぇ」
そう言ってはぐらかしながら、山崎に背を向けたまま話を続ける。
「で……どうなんだい、桜庭君の方は?」
「今は花柳館の志月倫と茶屋に入ってるわ。あの子の性格からして、このまま見て見ぬ振りってことはないんじゃない?」
「はは、そうだろうね。まあ、彼女も動くんなら俺の出る幕はないかもしれねぇが……」
「ふふ、わかってるわよ」
近藤の口ぶりから意図を読み取った山崎が、その場を後にする。
「はっはっはっはっは!」
甲高い才谷の笑い声を頼もしく感じつつ、近藤もまた静かに立ち去っていくのだった。
■第二章
茶屋へ向かう道中も倫は鈴花の表情が気になって仕方がなかった。
「新選組の屯所から島原まで鈴花さんに送ってもらったことがありましたよね……」
「え、ええ、私が倫さんと初めて会った日のことだっけ」
「そうです。その時、感じたことなんですけど……こんな屈託のない笑顔ができる人でも、任務となれば刀を持って戦うのだろうかって……」
「えっ……?」
「あ、いえっ、言いたかったのは任務のことじゃなく、鈴花さんの笑顔が印象に残ったということで……」
「私の笑顔が?」
「はい……でも、今日の鈴花さんには、その笑顔が……」
ついに倫は意を決して鈴花に問いかける。
「鈴花さん、何か悩みがあるんじゃないですか?」
「えっ!?」
あまりに真正直な問いかけに一瞬呆気に取られる鈴花だったが、すぐに気を取り直して倫の質問に応じる。
「そうね。確かに今、すごく悩んでるかも」
「やっぱり……」
返答をごまかせば自分よりも深刻に悩んでしまいかねない、そんな倫を見て鈴花は正直に山南のことを倫に打ち明けることにした。
ことの一部始終を鈴花から聞かされた倫は、どうやって芝居の協力者を募ればよいか考え込む。
「庵さんなら、あるいは……」
倫はそこで口を閉じた。
倫の師である庵は花柳館という道場の宗家であるが、情報屋という裏の顔も持っている。
その庵であれば、その人脈を活かして協力者を募ることができるかもしれないと考えた倫だったが、庵が自分に利のない慈善をするとは思えない。
翻って自分はどうかと考えてみても、師であり親代わりでもある庵に断りもなく山南の芝居に協力することは難しい。
相手が庵とは馴染みの山南であっても、それが理由とはなり得ない。
だから、それ以上は何も言わなかった――いや、何も言えなかったのだった。
「倫さん、どうかした?」
「い、いえ……。でも、そういうことであれば、わたしもできる限り力になります」
そう言うのが精一杯だった。
「ありがとう、倫さん。それはそうと、茶屋まではまだ歩くの?」
「いえ、もうすぐ近くです。善哉が評判の茶屋だそうです」
「ほんと? 私、善哉大好き。倫さんが見つけた店なの?」
「いえ、おこうさん……先代師匠の娘さんから教わりました」
「へえ、そうなんだ」
「あっ、あそこです!」
目当ての茶屋にたどり着いた二人は店の中へと入った。
その茶屋は茶屋というよりも料理屋に近く、座敷では酒を飲む者の姿も見受けられた。
その座敷で倫は意外な光景を目にする。
「あら? 倫ちゃんじゃない!」
真っ先に声をかけてきたのは、倫にこの茶屋を教えたおこうだった。
「おこうさん?」
「あん? 倫だって?」
「む、陸奥さん……」
「すみません、善哉はまだですか? ……ああ、志月さんでしたか」
「それに弥兵衛さんまで…」
弥兵衛という名を聞いて、倫の後ろから鈴花が顔をのぞかせる。
「弥兵衛って……あっ、やっぱり富山さんだ」
「ええ、富山です」
「ねえ、倫ちゃん。倫ちゃんの隣にいる方は……」
「おこうさん、この方が桜庭鈴花さんです」
「あっ、例の新選組の? はじめまして。こうと申します」
「こちらこそはじめまして。新選組の桜庭鈴花と申します」
「新選組の……桜庭鈴花?」
鈴花の名を陸奥が聞き返す。
「ええ、桜庭鈴花です。私のこと、ご存知なのですか?」
「ふん……別に?」
「べ、別にって……差し支えなければ、お名前を教えてもらえますか?」
「さぁ? 何だったっけなぁ?」
陸奥の失礼な態度に倫が堪え切れず口をはさむ。
「この失礼な態度の人は陸奥陽之助さんと言って、才谷さんの腰巾着です」
自分にならまだしも鈴花にまで失礼な態度を取る陸奥に対し、倫の言葉はいつになく攻撃的なものとなっていた。
そこに悪気もなく富山が追い打ちをかける。
「辰巳さんは金魚のフンと言ってました」
「シャラップ! つーか、倫! 他人の名を勝手に明かしてんじゃねーよ!」
「それは失礼しました」
「てめえ……」
怒り心頭の陸奥をよそに鈴花が倫に声をかける。
「才谷さんって梅さん……才谷梅太郎さんのこと?」
「え、ええ、そうですけど」
「へえ、じゃあ陸奥さんから梅さんに伝えておいてほしいんだけど……」
「なっ、何だよ……」
「あまり気軽に屯所へ来ないよう注意しておいてもらえないかな?」
「とっくに注意してるってんだ!」
陸奥がさらに声を荒げて鈴花に食ってかかる。
「おい、鈴花さんとやらっ! 少しばかり才谷さんに気に入られているからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「ちょ、調子になんか乗ってないけど……」
「陸奥さん! いい加減にしてください!」
どうやら陸奥は、自分でも気付かないまま鈴花に嫉妬しているようだった。
予想だにしない混乱ぶりに面食らっていたおこうだったが、ここは最年長である自分が何とかしなければという使命感でみんなを落ち着かせようとする。
「ま、まあ、倫ちゃんも鈴花さんも、そろそろ座ったら?」
「え、ええ。あっ、こっちに善哉二つお願いします!」
おこうの隣に座った倫が、店の娘に注文を伝える。
その間に鈴花は倫の隣へと腰を下ろした。
「陽之助クンも少し落ち着いて……。ほら、周りに迷惑でしょ?」
「あっ……う、うん」
何故か陸奥はおこうの言うことなら比較的素直に聞き入れる傾向にあった。
ある程度年上の女性に弱いのかもしれない。
茶屋の座敷で車座に座る鈴花たち。
ようやく出来上がってきた善哉に舌鼓を打ちながら話に花が咲く。
「先代は最近往診に出ることが多くて、おこうさんも大変ですね」
おこうの父である花柳流先代宗家の慈照は、武術家であり医師でもある。
慈照が往診に出る際は、おこうがその手伝いとして駆り出されるのだ。
「そうなのよ、しかもこの冷え込みでしょ? ほんと大変」
「富山さん」
鈴花は会話にほとんど参加せず、ただ善哉を頬張る富山に声をかけた。
「何でしょうか、桜庭さん」
「富山さん、今日は非番ですか?」
「そうです。桜庭さんは見回り中ですか? ご苦労様です」
「ち、違いますよ。見回りの最中にこんなところへ来るわけないじゃないですか」
「なるほど。そういうものですか」
相変わらず少しずれた返答をする富山に女性陣は苦笑いし、陸奥は呆れた顔で富山の顔を覗き込む。
「富山、おまえホントに新選組の一員か?」
「そのはずだと思うのですが。どうなんですか、桜庭さん」
「えーっと……私もそのはずだと思います」
「しっかし、あの才谷さんを骨抜きにする女がどんなもんかと思えば……」
「陽之助クン」
「わ、わかってるよ」
「鈴花さん、おかわりはどうですか?」
早々に善哉を食べ終えてしまっていた鈴花に倫が気を遣う。
「ううん、今日は一杯だけにしておくわ」
「そうですか……」
「ねえ、倫さん」
「な、何ですか?」
「ありがとう。いい気分転換になったわ」
「鈴花さん……」
倫は鈴花の謝辞を聞いて安堵し、心底嬉しく思った。
だからこそ、やはりどうにかして鈴花の力にならなくてはとも思うのだった。
「…………」
「どうしたの、倫さん?」
「陸奥さん、弥兵衛さんに……お願いしたいことがあります」
「ホワット? 何だよ、急に」
「別にいいですよ」
「富山、せめて話を聞いてから承諾しやがれ」
「ではそうします」
「……ったく。倫、続けていいぜ」
「はい、実は……」
倫は茶屋へ来る前に鈴花から聞いた話を陸奥と富山に話し終えると、二人に対して頭を下げた。
「状況は今わたしが話した通りだそうです。だからお願いです。山南さんのお芝居に協力してあげてください」
「倫ちゃん……」
「いつ往診で呼び出されるかもわからないおこうさんはともかく……。陸奥さん、弥兵衛さん、何とか協力してあげてもらえませんか?」
「ふ~ん、あの山南がガキどもの前で芝居ねぇ」
「まさか、その話を今するなんて……」
「鈴花さん、勝手なことをしてすみません。でも……わたしだって少しでも力になりたくて……」
「話は聞きました。もう承諾してもいいんですよね」
「弥兵衛さん……本当に協力してくれるのですか?」
「ええ、いいですよ」
「富山、おまえホントに馬鹿だな」
「はい、馬鹿ですみません」
「あのなぁ……」
「鈴花さん、弥兵衛さんが協力してくれるそうです!」
「え、ええ……それは私も聞いていたけど」
「弥兵衛さんでは駄目なんですか?」
「駄目ってことはないけど……富山さんには新選組としての任務もあるし、それだけの時間が取れるかどうか……」
沖田や永倉たちのこともあり、同じ新選組の者に協力を依頼してよいものかどうか鈴花は悩んでいた。
だが、そんなことなど知らない陸奥は、鈴花の発言に再び怒りを露わにする。
「だったら何だよ? じゃあ何か? 新選組と違ってオレならヒマそうだからいいってのかよ!」
「よ、陽之助クン、落ち着いて。誰も陽之助クンがヒマそうだなんて言ってないじゃない」
「だっ、だけどよぉ……!」
「ねぇ、弥兵衛クン」
おこうは富山に同意を求める。
だが、今回ばかりはその相手が悪かった。
「そうですか?」
「えっ?」
「ここへ来る前に陸奥さん言ってましたよね。最近ヒマを持てあましてるって」
「や、弥兵衛クン!?」
おこうが青ざめる。
だが、もう手遅れだった。
「そこの女といい、富山といい……新選組は馬鹿の吹き溜まりかっ!?」
富山の暴露に落とし所を失った陸奥の怒りが暴走する。
「だいたい、てめえら新選組に喜んで手を貸すヤツがいると思ってんのか!?」
そして決定的な一言が放たれる。
「世間から忌み嫌われている血生臭い殺人鬼どもによぉっ!」
鈴花が言葉を失う。
そんな鈴花を見て、倫が陸奥を非難する。
「陸奥さん! 自分が何を言ってるかわかってるんですかっ!?」
「何だよ!? それじゃあ倫は山南の芝居を手伝うってのか!?」
「い、庵さんの許しさえあれば……わたしも……」
「はぁぁぁっ!? そいつぁおかしくねーか!?」
ここぞとばかりに陸奥が倫を責め立てる。
「他のヤツに頼む前に、まずはおまえが協力を約束するのが真っ当な順序ってもんだろうがっ!」
「あ……」
「そうじゃねーってんなら、何とか言ってみやがれっ!!」
「…………」
陸奥の言葉に反論できなくなった倫も言葉を失う。
もはやその場にいた誰もが言葉を失っていた。
「ちっ……」
そして、その場にいた者たちから言葉を奪い去った張本人ですら言葉を失うと、足早に茶屋を出て行くのだった。
試し読みはここまで!
『のこしゆくもの』は全八章です。小説の最後には、ラストシーンの素敵な挿し絵も掲載されます。
続きが気になる方は、ぜひデジタルアーカイブをチェックして下さいね!
■幕末恋華・花柳剣士伝
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